第81回読書会のお知らせ |
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第81回 高畠ゼミOB・OG会読書会
日時 2019年5月25日(土)午後3時~6時
会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:ケネス・オルフ著 『天皇と日本人』(朝日文庫)
参考文献:ケネス・オルフ著『国民の天皇』(岩波現代文庫)
報告:佐藤健人さん 会 費:1300円前後
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第80回読書会のお知らせ |
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第80回 高畠ゼミOB・OG会読書会
日 時:2019年3月30日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (南池袋交番向かいのぬかりやビル2f)
テキスト:吉次公介著 『日米安保体制史』(岩波新書)
報 告:櫛野幸孝さん 会 費:1300円前後
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第79回読書会のお知らせ |
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第79回 高畠ゼミOB・OG会読書会
日 時:2019年1月26日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:見田宗介著 『現代社会はどこに向かうか』(岩波新書)
報 告:小田輝夫さん 会 費:1,200~1,300円ぐらい
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第78回読書会のお知らせ |
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高畠ゼミOB・OG会 第78回読書会 日 時:2018年12月1日(土)午後3時~6時 会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (南池袋交番の向かい) テキスト:森本 あんり著 『異端の時代~正統のかたちを求めて』(岩波新書) 報 告:江﨑 民二さん 会 費:1,200円前後 |
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第77回読書会のお知らせ |
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第77回 高畠ゼミOB・OG会読書会 日 時:2018年9月29日(土)午後3時~6時 会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (南池袋交番の真向かい、ぬかりやビル2F) テキスト:竹下 節子著 『キリスト教は「宗教」ではない ~自由・平等・博愛の起源と普遍化への系譜~』 (中公新書ラクレ) 報 告:吉田正一さん 会 費:1,000~1,300円 |
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第76回読書会のお知らせ |
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第76回高畠ゼミOB・OG会読書会
日時:7月28日(土)午後3時~6時
会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (南池袋交番の向かい)
テキスト:宇野重規著 『保守主義とは何か ~反フランス革命から現代日本まで~』
(中公新書) 報告:廣瀬知衛さん 会費:1,000~1,200円
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第75回読書会のお知らせ |
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第75回高畠ゼミOB・OG会読書会 日時:2018年5月19日(土)午後3時~6時 会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (南池袋交番の向かい) テキスト:白井 聡著 『国体論~菊と星条旗~』 (集英社新書) 2018年4月19日テキスト変更 <旧 多木浩二著 『戦争論』(岩波新書)> 報告:佐藤 健人さん 会費:1,000円~1,200円 |
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第74回読書会のお知らせ |
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第74回高畠ゼミOB・OG会読書会 ・日 時:2018年3月31日(土)午後3時~6時 ・会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 池袋東口ジュンク堂書店の近く、南池袋交番の向かいの ぬかりやビル2F ・テキスト:三谷太一郎著『日本の近代とは何であったか~問題史的考察』 (岩波新書) ・報 告:櫛野幸孝さん ・会 費:1,000円前後 |
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第73回読書会のお知らせ |
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第73回高畠ゼミOB・OG会読書会 ・日時:2018年1月27日(土)午後3時~6時 ・会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (南池袋交番の向かい) ・テキスト:深井 智朗著『プロテスタンティズム~宗教改革から現代政治まで~』 (中公新書) ・報告:江﨑 民二さん ・会費:1,000~1,200円 |
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第72回読書会のお知らせ |
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「第72回 高畠ゼミOB・OG会 読書会」 日 時:2017年11月18日(土)午後3時~6時 会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
「ぬかりやビル2F」(ジュンク堂書店斜め筋向かい、
テキスト:毛受 敏浩著『限界国家~人口減少で日本が迫られる最終選択~』 (朝日新書)
報 告:小田 輝夫さん 会 費:1,000円前後
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第71回読書会のお知らせ |
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第71回高畠ゼミOB・OG会 読書会
・日 時:2017年9月30日(土)午後3時~6時
・会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
(ジュンク堂書店の斜め筋向かい、交番の向かいの「
・テキスト:水野和夫著『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』
・報 告:吉田正一さん ・会 費:1,000円~1,200円
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第70回読書会のお知らせ |
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第70回 高畠ゼミOB・OG会読書会 日 時:2017年7月29日 午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:瀧井 一博著 『文明史の中の明治憲法』 (講談社選書メチエ)
報 告:佐藤健人さん 会 費:1,200円前後 |
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第69回読書会のお知らせ |
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第69回高畠ゼミOB・OG会読書会
日 時:2017年5月27日 午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:水島治郎著
『ポピュリズムとは何か~民主主義の敵か、改革の希望か~』 (中公新書) 報 告:廣瀬知衛さん 会 費:1,200円前後
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第68回読書会のお知らせ |
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「高畠ゼミOB・OG会 第68回読書会」
日時:2017年3月25日(土)午後3時~6時
会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:加藤 陽子著 『戦争まで~歴史を決めた交渉と日本の失敗~』
(朝日出版社)
報告:工藤 敬吉さん
会費:1,000円~1,200円
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第67回読書会のお知らせ |
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「第67回 高畠ゼミOB・OG会 読書会」
日 時:2017年1月28日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:柄谷行人著 『憲法の無意識』(岩波新書)
報 告:江﨑民二さん
会 費:1,000円前後
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第66回読書会のお知らせ |
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第66回高畠ゼミOB・OG会読書会」
日 時:2016年11月19日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース 池袋パルコ横店
テキスト:内田樹・姜尚中著 『世界「最終」戦争論~近代の終焉を超えて』 (集英社新書)
報 告:櫛野幸孝さん 会 費:1,000~1,200円程度
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第65回読書会のお知らせ |
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高畠ゼミOB・OG会 読書会 日 時:2016年9月24日 午後3時~6時 会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 テキスト:菅野 完著『日本会議の研究』(扶桑社新書) (サブテキスト) 山崎 雅弘著『日本会議~戦前回帰への情念』(集英社新書) (サブテキストは、興味のある方は読んでください) 報 告:小田輝夫さん 会 費:1,100円~1,300円 |
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第64回読書会のお知らせ |
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高畠ゼミOB・OG会読書会 日 時:2016年7月30日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース西武横店
テキスト:孫崎 亨著『21世紀の戦争と平和』(徳間書店)
報 告:吉田正一さん
会 費:1,000円~1,300円 |
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第63回読書会のお知らせ |
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高畠ゼミOB・OG会読書会
日 時:2016年5月28日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:石井彰著
『木材・石炭・シェールガス ~文明史が語るエネルギーの未来~』 (PHP新書) 報 告:廣瀬知衛さん
会 費:1,000円~1,300円
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第62回読書会のお知らせ |
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高畠ゼミOB・OG会読書会
期 日:2016年3月19日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋パルコ横店
いつもとは、会場が異なりますので、ご注意ください。
豊島区東池袋1-42-8 第一イン池袋ビル地下一階 電話 03-5957-7085
テキスト:矢部 宏治著
『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』 (集英社インターナショナル)
報 告:佐藤 健人さん
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第61回読書会のお知らせ |
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高畠ゼミOB・OG会読書会
日 時:2016年1月30日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール池袋西武横店
テキスト:加藤 典洋著 『戦後入門』(ちくま新書)
報 告:工藤 敬吉 会 費:1,000円程度
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第60回読書会のお知らせ |
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日 時:2015年11月14日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:中野晃一著 『右傾化する日本政治』(岩波新書)
報 告:櫛野幸孝さん 会 費:1,200円前後
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第59回読書会のお知らせ |
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高畠ゼミOB・OG会 読書会
日 時:2015年9月26日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:高橋 源一郎著『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書)
報 告:小田 輝夫さん
会 費:1,200円前後(フリードリンク込み)
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第58回読書会のお知らせ |
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日 時:2015年7月25日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト :金子 勝著『資本主義の克服~「共有論」で社会を変える~』 (集英社新書)
報 告:江崎 民二さん
会 費:1,200円前後(フリードリンク込み)
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第57回読書会のお知らせ |
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・日 時:2015年 5月23日(土)午後3時~6時
・会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
・テキスト:仲正昌樹著『今こそアーレントを読み直す』(
・報 告:廣瀬知衛さん
・会 費:1,300円程度(フリードリンク込み)
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第56回読書会のお知らせ |
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日時:2015年3月14日(土)午後3時~6時
・会場:「銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店」
・テキスト:水野 和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』 (集英社新書)
・報告:佐藤健人さん
・会費:1,000円~1,200円(フリードリンク込み)
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第55回読書会のお知らせ |
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日時:2015年1月24日(土)午後3時~6時
会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:アレクシス・ド・トクヴィル著 松本 礼二訳
『アメリカのデモクラシー』第二巻(上・下) (岩波文庫)
報 告:工藤 敬吉さん
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第54回読書会のお知らせ |
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・日時:2014年11月15日(土) 午後3時~6時
・会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
・テキスト:小島 毅 著 『増補 靖国史観~日本の思想を読みなおす』 (ちくま学芸文庫) ・報告:櫛野 幸孝さん
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第53回読書会のお知らせ |
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日時:2014年9月27日(土) 午後3時~6時
会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店
テキスト:笠井 潔・白井 聡著『日本劣化論』(ちくま新書)
報告:小田 輝夫さん
参加費:フリードリンク込み1,000前後
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第52回読書会のお知らせ |
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日時:2014年7月26日 午後3時~6時
会場:銀座ルノアール「池袋西武横店」
テキスト:井手 英策著『日本財政 転換の指針』 (岩波新書)
報告:広瀬 知衛さん
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第51回読書会のお知らせ |
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日時:2014年5月24日(土) 午後3時30分~6時30分
会場:銀座ルノアール池袋西武横店
テキスト:白井 聡著『永続敗戦論~戦後日本の核心~』 (太田出版)
報告:佐藤健人さん
会費:1,000円前後(フリードリンク込み)
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第50回読書会のお知らせ |
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日時:2014年3月29日(土) 午後3時~6時
会場:銀座ルノアール池袋西武横店
ぬかりやビル2F ジュンク堂書店の斜め向かい、交番の反対側正面のビル) テキスト:アレクシス・ド・トクヴィル著 『アメリカのデモクラシー』第1巻(上・下)
松本 礼二訳 岩波文庫
報告:工藤 敬吉さん
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第49回読書会のお知らせ |
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日時 :2014年1月18日(土)午後3時~6時 会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 テキスト:中見 真理著『柳 宗悦~「複合の美」の思想』(岩波新書) 報告:櫛野 幸孝さん |
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第48回読書会のお知らせ |
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1.日時:2013年11月16日(土)午後3時~6時 2.会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 3.テキスト:黒田 基樹著 『百姓から見た戦国大名』(ちくま新書) 4.報告:広瀬 知衛さん |
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第47回読書会のお知らせ |
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日時:2013年9月28日(土)午後3時半~6時半 会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 テキスト:松元 雅和著 『平和主義とは何か~政治哲学で考える戦争と平和~』(中公新書 報告:小田 輝夫さん |
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第46回読書会のお知らせ |
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・日時:2013年8月10日 午後3時30分~6時30分 ・場所:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (ジュンク堂書店斜め向かい、「ぬかりやビル2F」) ・テキスト:『山縣有朋の挫折~誰がための地方自治改革』 (日本経済新聞出版社) ・報告:愛場謙嗣さん |
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第45回読書会のお知らせ |
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日時:5月18日(土)午後3時~6時 場所:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (ジュンク堂書店斜め向かい、「ぬかりやビル」2F) テキスト:小熊英二著 『社会を変えるには』(講談社現代新書) 報告:佐藤健人さん 会費:1,300円前後(フリードリンク込み) |
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第44回読書会のお知らせ |
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日時:2013年3月23日(土)午後3時~6時 場所:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (ジュンク堂書店のはす向かい「ぬかりやビル」2F) テキスト:ニッコロ・マキアヴェッリ著『君主論』 (岩波文庫 河島英昭訳) 報告:工藤敬吉 会費:1500円程度(フリードリンク込み) |
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第43回読書会のお知らせ |
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2013年1月26日午後3時~6時 会場:銀座ルノアール マイ・ペース池袋西武横店 ぬかりやビル2F テキスト 「アメリカを占拠せよ!」ノーム・チョムスキー(ちくま新書980) 報告者 櫛野幸孝 |
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第42回読書会のお知らせ |
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日 時:2012年11月24日(土)午後3時~6時 会 場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (ジュンク堂書店斜め向かいの「ぬかりやビル2F」) テキスト:熊谷 徹著『脱原発を決めたドイツの挑戦』(角川SSC新書) 報 告:小田 輝夫さん 会 費:1,300円前後(フリードリンク込み) |
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第41回読書会のお知らせ |
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日時:2012年9月15日 午後3時~6時 場所:銀座ルノアール マイ・スペース池袋西武横店 テキスト:『天孫降臨の夢~藤原不比等のプロジェクト』(NHK 報告者:広瀬知衛 会費:会場費+飲み物代で1,300円前後 |
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第40回読書会 |
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日時:2012年7月21日(土) 午後3時~6時 会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (じゅんく堂書店斜め向かい) テキスト:阿部謹也著『ヨーロッパを見る視角』(岩波現代文庫) なお、第39回のテキストだったジョン・ロック著『統治二論』の 比較検討の予定です。 報告:佐藤 健人 |
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第39回読書会 |
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日時:2012年6月2日(土)午後3時~6時 会場:銀座ルノアール マイ・ペース池袋西武横店 ぬかりやビル2F テキスト:ジョン・ロック著『統治二論』(加藤 節訳 岩波文庫) 報告:工藤 敬吉 |
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第38回読書会 |
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日時:2012年3月24日(土)午後3時~6時 会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (ジュンク堂書店斜め向かい ぬかりやビル2F) テキスト:中沢新一・波多野一郎著『イカの哲学』(集英社新書) 報告者:櫛野幸孝さん |
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第37回読書会 |
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2012年1月21日 「希望のつくり方」 玄田有史 岩波新書 報告者 小田輝夫 |
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第35回読書会 |
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日時:2011年11月19日(土)、午後3時~6時 場所:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 場所確認は、銀座ルノアールHP→マイ・スペース→池袋西武横店 テキスト:高取正男・橋本峰雄著『宗教以前』(ちくま学芸文庫、 報告:広瀬知衛さん 回避:1,300円前後(参加人数割なので多少変動) |
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第34回読書会 |
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・日時:2011年9月17日(土)午後3時~6時 ・会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 (ジュンク堂書店のはす向かい、「ぬかりやビル」2F) ・テキスト:「ふしぎなキリスト教」(橋爪大三郎・大澤真幸著 講談社現代新書) ・報告:佐藤健人 |
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レジメ>>pdfファイル 参考資料>>pdfファイル | ||||
第32回読書会のお知らせ |
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第32回「高畠ゼミOB・OG会読書会」の開催について 日時:2011年6月18日(土) 午後3時~6時 会場:銀座ルノアール・マイスペース池袋西武横店 テキスト:井上達夫著『現代の貧困~リベラリズムの日本社会論~ 報告:工藤敬吉 会費:1,450円(会場費+フリードリンク代) 第33回「「高畠ゼミOB・OG会読書会」 7月23日 工藤 敬吉(KUDOH Keikichi) Tel:048-473-0274 Mail:k-kudoh@cc.e-mansion.com |
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レジメ>>pdfファイル 6月18日① 7月23日② | ||||
2011年5月14日(土)読書会のお知らせ |
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原発事故に関する正確な知識を身につける『読書会』 |
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高畠ゼミOB・OGの皆様へ 緊急開催「読書会」の案内 「福島第一原子力発電所の事故と今後の原子力発電について」 工藤 敬吉(KUDOH Keikichi) ? Tel:048-473-0274 ?Mail:k-kudoh@cc.e-mansion.com |
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第31回 読書会のお知らせ |
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・2011年3月19日(土)午後3時30分~6時30分 ・場所 池袋東口「銀座ルノアール マイ・スペース池袋西武横店」 ・報告は櫛野幸孝さん、テキストは松本健一著「日本のナショナリズム」(ちくま新書) |
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第30回 読書会のお知らせ |
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・2011年1月22日(土)午後3時~6時。 ・場所 池袋東口「銀座ルノアール マイ・スペース池袋西武横店」 ・報告は小田輝夫さん、テキストは加藤秀俊著『常識人の作法』( |
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第29回 読書会 |
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・日時:2010年11月27日(土)午後2時~5時 ・場所:銀座ルノアール・マイスペース「池袋西武横店」 「銀座ルノアールHP」→「マイスペース」→「池袋西武横店」 ・テキスト:藤木久志著「刀狩」(岩波新書)~ ・報告:広瀬知衛 ・参加費:1000円(会場費+フリードリンク) |
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第28回 読書会 |
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第28回高畠政治学を読む会 2010.9.25 佐藤 健人 見田宗介著『現代社会の理論』-情報化・消費化社会の現在と未来-岩波新書 1996年10月 見田宗介著『社会学入門』 人間と社会の未来 岩波新書 2006年4月 |
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第27回 読書会 |
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2010.7.24 加藤周一著『言葉と戦車を見すえて』(筑摩書房)より ~『日本文化の雑種性』、『雑種的日本文化の課題』を中心に~ 報告:工藤敬吉 |
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第26回 読書会 |
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2010.5.22 加藤陽子著『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 (朝日出版社) 報告:小田輝夫 |
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第25回 読書会 |
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2010.3.16 松下圭一著『政治・行政の考え方』(岩波新書) 報告:氏家克己 | ||||
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第24回 読書会 |
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2010 1.23 「『市民社会』とはなにか」-戦後日本の市民社会論- (高畠通敏) 佐藤健人 | ||||
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第23回 読書会 |
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2009.11.21 ~『政治の精神』佐々木毅著(岩波新書)を読む~ 工藤敬吉 | ||||
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第22回 読書会 |
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2009.9.9 大衆の反逆 オルテガ著 広瀬知衛 |
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第21回 読書会 |
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日本の難点 宮台真司(幻冬舎)サマリー 2009.7.18 小田輝夫 | ||||
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第20回読書会 |
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高畠ゼミOB・OG会 第20回読書会 『日本の統治構造』を読んで 2009年5月16日 氏家 克己 日本の政治制度は、議院内閣制である。それは、行政権の成立根拠を、議会(国会)の信任に置く制度であり、具体的には、議会で多数派を形成した政党が、行政権を握る制度である。本書は日本における議院内閣制の分析を通じ、国会、内閣、首相、政治家、官僚制、政党、選挙制度、政治過程などについて、歴史という縦軸、国際比較という横軸から照射し、日本という国の統治構造の過去・現在を構造的に解き明かす試みである。その際あるべき政策ではなく、望ましい政策を実現するためには、どのような政府構造を採るべきかをかんがえる、いわば、政府の能力を問題にし、政治の実体に即して、その統治構造を解説したうえで、政治の有効性を向上させる方策を提示するという。 第1章は戦後日本の議院内閣制の特徴を、内閣とは何かという問題から考える。これは、官僚の代理人が集まる「官僚内閣制」の問題だといえる。 第2章は各省庁が官僚によって運営されるので「省庁代表制」であり、各省庁が社会諸集団の利益や利害を代表している側面がある。 第3章では自民党が内閣とは別に「与党」として政治を動かしてきたことから、「政府・与党二元体制」といわれる。これは責任の所在を曖昧にする反面、時代の変化に適応する面もあった。 第4章は「政権交代なき政党政治」は政策転換はできるが、弊害ものこる。 第5章は比較政治によって日本の政治の特徴をつかむ。 第6章は日本の政治制度の具体的な問題点および改革の方向性を検討する。 第7章は議院内閣制の強化や近代政治の発展という近代政治原理の貫徹をめざす改革だけでは解決できない、現代的な課題を検討する。 以上、要するに、日本の政治の何が問題なのか、どこをどうすればもっとよくなるのか、この疑問に正面から答える、というのが本書の最大の目的である、と著者はいう。 具体的な内容はレジメにまとめたので、そちらをご覧いただきたい。以下、私の感想を述べる。まずこの本を選んだ理由は、本屋でタイトルが気になっただけである。ただ何かの文章の中で著者の名前を時々目にしてはいたが、詳しいことは知らない。 率直に言うと、読んでみて面白いという感じはしなかった。早々に読むときめたものの、ようやく集中できたのは、連休も明けてからというおそまつ、いや、いつもの悪いパターンに陥ってしまった。 さて、行政学を学んだことがない身としては、勉強になったはずなのに、強く印象に残るものがない。書評等に目をむけると、ほめる言葉が多い。著者は小泉内閣が行った改革は、議院内閣制の力学を活用して、改革の突破口を開いたものであるが、世論調査に現れた有権者の支持などを背景に、中央政府のあり方を必要に応じて変更するもので、政党政治の力学を全面的に活用するものではなかった、と述べている。むろん改革は今後も続けなければならない、としてはいるものの、具体的な批判はみあたらない。この点がものたりない。小泉改革については、新自由主義にからんで、賛否両論があり、私は結果的には郵政民営化などは、あまり評価できない。 この本は、基本的に、東大政治学の典型であり、公務員や政治家向けの教科書としては適しているのかもしれない。しかし、議会政治については、尾形先生の「議会主義の神話」が50年前に出ていることからみても、それほど深化してないという気がする。やはり尾形論文」のほうが、迫力がある。 ところで私からみて、この本の最大の疑問は制度論が多いのは仕方ないとしても、政治意識論や政治文化論などが、ほとんどない点にあると思う。とくに市民的視点が不足しているのではないか。彼の主張は政党の再建による本来の意味の議院内閣制による政治を目指すというが、さまざまな市民運動、住民運動などを取り込まなければ挫折するのではないか、と思う。 以上が私のレポートです。読書会で様々な意見を聞くうちに、私がややもすると軽視しがちな、こういう制度論も必要であると思うようになりました。以下、この問題に関する高畠先生の文章がありますので、引用させていただきます。 「政治家における変革は、知の体系全体における変革です。もともと政治学は行動する知、主体的な知の体系だったといっていいでしょう。政治学者が学者としてだけの主体、書斎にとじこもって冷徹に認識するだけの主体である時代があった。しかし、そういう精神の貴族としての主体の立て方は、時代的なものにすぎません。戦後の政治学に一番欠けていた問題は、近代主義にしても何にしても、制度論、政策論、技術論がなかったということです。精神論だけだったのです。だから日本の政治学者が、戦後ヨーロッパの主体的近代を取り戻そうとした時に対象としたのは、ほとんどルネサンスだったのです。つまり戦国乱世の中に一人目ざめるというイメージでしかなかったわけです。ヨーロッパの市民革命そのものを分析した政治学者は、本当に少ないんです。そして、その市民革命の中にこそ、世界を引き受けてしまったものの政治学があったわけです。攻撃する側ではなく守る側の、制度を作る側の、新しい主体、行動する主体の問題がそこにあったわけです。」 (青土社『学問のすすめ』の中の―高畠通敏「政治学の現在」より) |
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第19回読書会 |
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19回 高畠政治学を読む会 2009.3.21シェルドン・ウオーリン『政治とヴィジョン』(福村出版)報告者:近藤順茂 今回の教材については、翻訳が悪いとの感想が多かったが、 それと、 シェルドン・ウオーリンの話の運びを読むと、 両者は、 ジョン・ロールズの「オリジナル・ポジション」 しかし、だとすれば、 そのようなチャチな人間観によって運行されていることを、 最後に、お付合いいただいた当日出席者、小田、氏家、工藤、 昭和47年法学部卒業 近藤順茂 |
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第17回読書会のお知らせ |
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次回(第17回)は11月15日(土)、場所はいつもの「みらい館大明」で、午後1時半から行います。報告者は工藤さんです。テキストは、森政稔著『変貌する民主主義』(ちくま新書・2008年)です。ふるってご参加ください。 |
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第16回「高畠政治学を読む会」報告(大森) *第16回「高畠政治学を読む会」は、9月20日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、氏家さん、佐藤さん、廣瀬さん、大森の5名でした。今回読んだ論文は①高畠通敏著「政治の発見」(1965年)(『政治の発見』(岩波同時代ライブラリー・1997年)及び『政治の論理と市民』(筑摩書房・1971年)所収)と、②高畠通敏著「政治の<原理>について」(『立教法学』53号・1999年所収)で、報告者は佐藤さんでした。 会の進行はいつも通り、佐藤さんに報告してもらい、参加者全員が総論的な感想をのべあい、次に各論ということで細かい議論をしていくというものです。 佐藤さんは事前に参加者に配布したレジュメにしたがって、「政治の発見」論文の要旨と感想を述べてくれました。 まず、工藤さんから、日本の政治の問題点を「統治」や「治乱興亡」、神島の学問業績である「ムラモデル」を使って明らかにしているが、日本の政治に「自治」が欠けているという指摘には「ゾルレン」の議論、つまり「べき論」である限界を感じる。そういった意味で高畠は日本社会の現実から導き出した「新しい社会形成のイメージ」を提示できなかったし、「主体的市民の形成」も達成できなかったといえるのではないかという厳しい指摘がありました。 大森からは、「政治の発見」論文(以下「発見」論文)と「政治の<原理>について」論文(以下「原理」論文と記す)の比較の視点が提示されました。「発見」論文の副題に「近代日本の<政治>観」とあるように、これは近代日本の政治観の特質をあげたものであり、同様に「原理」論文もやはり日本における政治観を問題にしており、「原理」論文に副題をつければ「現代日本の<政治>観」になり、両論文は同じ性格のものであるという指摘がありました。そうした前提で比較すると、32歳の時に書かれた「発見」論文は、「原理」論文と比べると、まだ大所高所から日本政治をみており、エリートから大衆を批判する色彩が強い。しかし、「原理」論文においては、「声なき声の会」の市民運動の経験や、立教大学での学生の教育を通じ、かなりそうした色彩が弱まっているのではないか。ただ、そうした限界はあるものの、日本の政治学の現状の中で、①現実の政治運動の経験を前提に「政治学」を構築した点②上から見る政治学を批判した点で稀有な政治学者であったことは間違いないという指摘がありました。 佐藤さんのレポートについては、8頁「32歳の俊英な政治学者高畠通敏は今日では政治のあたりまえの概念となった『自治』を43年前に<発見>したことは特筆すべきことです。」という記述と、9頁「『善良な非政治的市民』の存在をゆるさないのである、の一文は重く受けとめながらも、私(佐藤)は年来の疑問を解決できたような再発見でした。」という記述についてその意味を問う質問が集中しました。前者については、高畠が<発見>したというが、それは何を<発見>したのかという問いであり、また後者については「年来の疑問」とは何かということです。佐藤さんは、前者の「発見」については、高畠は日本の政治には「自治」が欠けていることを明らかにしたという意味であり、後者については鶴見俊輔との比較の中で、高畠は「ひとは市民になるべきだ」と考えていたことをあらためて認識したという意味であると答えましたが、それに対して活発な質疑応答がありました(佐藤さんのレポートは添付参照)。 二次会では、近藤さんが加わり、高畠論文についてのさらなる検討が行われ、また現下のアメリカの金融危機の問題、そして年金問題など、現在起こっている社会・政治問題についても様々な視点から活発なやりとりがありました。わが読書会も年々、年金生活者がふえてきます。読書会に来る往復の電車賃も気になるような人が次第に出てくるのではないかと思われます(笑)。そんな心配をしなくていい若い世代に読書会の運営をゆだねたいなどという話もしながら、宴席を解いた次第です。 佐藤さんのレジメPDF>>◎ |
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第16回読書会のお知らせ |
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9月20日(土)に、場所は今回と同じ「みらい館大明」にて、午後1時半から行います。報告者は佐藤健人さんで、テキストは、高畠先生の以下の2論文ですが、①を基本に、②は参考資料とのことです。 ①高畠通敏著「政治の発見」(1965)(『政治の発見』岩波同時代ライブラリー、1997 及び『政治の論理と市民』筑摩書房、1971 所収) ②高畠通敏「政治の<原理>について」(1999)(『立教法学』53号、1999 所収) 尚蛇足ですが、上記論文「政治の発見」最後の部分で、高畠師が紹介しているイギリス映画『ミッション』(1986)を先日DVDで見たところ、political community(デ・グレージア)を感じて感動致しました。高畠先生には「市民政治」や「日常の思想」をハードに語る人だとのイメージが強いが、実はこういう映画を紹介してくれる様なナイスな教養人という部分もあります。高畠師における「日常性」とは、自らが対象として語っていないそうした部分もあるのであり、私の場合はそこがおもしろいところだと思っております。(近藤順茂) |
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第15回「高畠政治学を読む会」の報告(近藤順茂) 高畠ゼミOB・OGの皆さんこんにちは。今回の読書会は7月19日(土)に行われ、場所はいつもと同じ西池袋の「みらい館大明」でした。出席者は、大先輩・小田さんに初めてご出席いただき、以下卒業年順ですが氏家さん、近藤、廣瀬さん、大森さん、佐藤さんの6名でした。毎回レポーターにあたった人が自分の読んだ本や興味のある本を自由に持ち寄って報告することにしていますが、今回は廣瀬知衛さんが、鈴木直著『輸入学問の功罪-この翻訳わかりますか』(ちくま新書、2007)について報告されました。また参加者全員もそれぞれの感想を述べ合いました。 この本のテーマのひとつとして、まず日本の社会科学の分野での外国語からの翻訳に関する問題、即ち「翻訳論」があります。小田先輩からも「同じ小説でも翻訳でものすごく面白くなったり、つまらなくなったりする」との体験談があり、日本における翻訳の質の悪さが指摘される声がありました。また、大森さんからもヘーゲルの『法の哲学』を英訳で読んだ時驚くほど平易な英語だった(スゲエ?)との体験談がありました。また最近若い人達に『蟹工船』がニートへの連想でか読まれていることとか、読み易い翻訳のおかげかドフトエフスキー『カラマーゾフの兄弟』が売れているとの話も、読書論や翻訳論として話されました。 しかし、廣瀬さんの報告の力点は次の、戦前の日本の旧制高等学校において、こうした外国語文献の購読によりどのように知識を通しての自己形成が行われたかにありました。これがこの本の第二のテーマである「近代化論」です。著者によりドイツ近代化におけるヘルマン・ヘッセの『車輪の下』や『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』が紹介され、またそれとの比較で日本のエリートにおける知識形成のあり方の問題が分析されて行きます。この辺、大森さんが言う様に故神島先生による「出世民主化理論」も参照してみると面白いのかもしれません。 この問題は、昔の学生が題材になってはいるが、むしろ私達が自分の時代の自己形成を考えるための材料でもあります。ここで私の独善と偏見で一言。高畠先生は授業でよく「東大型の知識のあり方に対して・・」と提起され、日本的エリートへの批判的ポジションをとられました。たとえば私達はそれを聴いていて、自分は東大ではないので問題からの免罪符を得たような気分になっていなかったでしょうか?しかし東大でなくても、もし私達の思考が紋切り型のラベル貼であるなら、実は低レベルの同質同形に過ぎないと言えるのではないでしょうか。 自己形成となるとこの本でも例としてカントが引かれている様に、自己と対象に関わる「認識論」の問題があります。高畠師には市民政治の強い理念とともに、鶴見俊輔師が「苦い知性」と呼んだ様な冷徹な認識という反面がありました。若い世代は接する機会がなかったかもしれませんが故尾形典男先生(欧州政治思想史)が「自らを突き放した対象化」と口癖の様に強調されていたのを思い出します。高畠師の思考の奥底にあるゲシュタルトでは、理念と認識がどのような配置が為されていたのか、比較論として尾形師をレファレンスにして考えてみるなどすると、これはまた奥行きのある問題と言いますか、話がつきないところです。 話が立教風ローカルになってしまいました。しかし、この様に考えてくるとこの本は、タイトルは翻訳について書かれている様に見えますが、実際はかなりの哲学的問題と言いますか、高畠政治学を確かめて行くうえでの基本的な問題を提起している本だと言えます。この辺がこの本のトリッキーなところでもあるのですが、読後感としては参加者の多くから読み応えがあったとの感想がありました。著者の力量もあなどれないものがあると言えます。こうした本を上手に見つけてきただけでも報告者は賞賛されるに値すると言えましょう。 二次会は、佐藤さんの仕切りにより、これもいつもと同じ池袋西口近くの安価なる居酒屋で楽しく行われました。場所は同じでもメンバーは新しく、多くのOB・OGが気軽にご参加いただくようお待ちしている次第です。 広瀬さんのレジメ>>● |
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第15回読書会のお知らせ |
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第15回は7月19日(土)、場所はいつもの「みらい館大明」で、午後1時半から行います。報告者は廣瀬さんで、テキストは、鈴木 直著『輸入学問の功罪―この翻訳わかりますか?』(ちくま新書・2007年)です。どうぞふるってご参加ください。 | ||||
第14回「高畠政治学を読む会」報告(大森) *第14回「高畠政治学を読む会」は5月17日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、佐藤さん、氏家さん、近藤さん、廣瀬さん、愛場さん、大森で、何と7名の盛況な会になりました(笑)。今回の本は姜尚中著『姜尚中の政治学入門』(2006年・集英社)で、報告者は氏家さんでした。 氏家さんは事前に丁寧な要約を参加メンバーに送って下さいました。当日もあらためて問題提起をまとめたレジュメを提出してくださいました。 会の進行はいつも通り、参加者全員が総論的な感想をのべあい、次に各論ということで細かい議論をしていくというものです。 総論的には、この本は、前半は政治学の教科書的な常識が書かれているが、後半は姜尚中の「在日」としての立場から発想された「東北アジア共同体構想」が提起されており、姜の「主張(イデオロギー)」が色濃いものであるという感想が多くを占めました。大森は、それにたいして、最終章は確かに「東北アジア」と題名がつけられており、姜の主張が色濃いが、それまでは、政治学の初学者向け「教科書」となっているのではないか、そうだとすると「政治学の教科書」としてどう評価されるかという議論が必要だとして、ちょっと違った見解を示しました。 総論的な感想が終ったところで、大森の提案でとてもよくまとまっている氏家さんの要約を大森が代読する時間をつくりました。いい文章はスムーズに読めますが、氏家さんの要約は本当につっかえるところがなく読むことができました。 さて、氏家さんが当日配布したレジュメの問題提起は次の5点でした。 1 姜尚中の「東北アジア共同体」という問題提起を評価する。 2 思想史の基礎があり、ものごとを時間的=歴史的のみならず空間的=地理的にとらえる視点がある。 3 丸山眞男の影響をうけながらも、批判的な視点も多い。 4 戦後民主主義を「ナショナリズムの発露」としている点で、高畠先生と違っている。 5 朝鮮半島や沖縄が日本の戦後民主主義の「後背地」であったという指摘はいまさらのように鋭い、という点でした。 こうした氏家さんの問題提起を踏まえ、次の様な議論が行われました。まず、戦後の出発としての昭和天皇の「人間宣言」の意味について、姜の言葉である「ナショナリズムの実在よりも、東北アジアという虚妄にかける」という言葉について、韓国が社会主義化していたら憲法9条も改定されていただろうという問題、東大先端科学研究所というのはどういうところなのか、といった「戦後民主主義」論や「東大」論。 次に行われたのが「姜尚中論」です。それは「テレビに頻繁に出てルックスもテレビ向き、議論もうまい姜はエンターティナーとして人気を博する理由がある」、とか「同じ団塊世代として、世代的な問題をずっと考え主張し続けているという点で、最近のインテリの中では左翼系の代表になっているのではないか」、等々でした。 ところで、大森の問題提起である「政治学の教科書」としてこの本はどう評価されるのかという問いに対しては、氏家さんは「副読本としてはよいが、教科書にはならない。教科書としては岡義達の『政治』(岩波新書)がいい」などいう発言がありました。広瀬さんから「客観的な知識の羅列では政治学にはならない。思想や政治制度が自分にとってどういう意味をもつかというところから出発するのが政治学であるので、その点の欠如が一番の問題である」という発言もありました。 大森としては参加者多くの「教科書としては平凡で常識的」という評価に対して、その「常識的政治学」を問い直す議論を行いたかったのですが、残念ながらタイムアップとなってしまいました。 二次会は、報告者の氏家さんも参加され、引き続き激論が交わされたようです。 (尚、今回の氏家さんのレジュメは氏家さんがパソコンを使っていないため、通常のように公開できません。内容を知りたい方は、直接氏家さんにご相談ください。) |
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第14回読書会のお知らせ |
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第14回は5月17日(土)、場所はいつもの「みらい館大明」で、午後1時半から行います。報告者は氏家さんで、テキストは姜尚中著『姜尚中の政治学入門』(集英社新書・2006年)です。ふるってご参加ください。 | ||||
第13回「高畠政治学を読む会」報告(大森) *第13回「高畠政治学を読む会」は3月15日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、佐藤さん、林さん、高畑さん、大森で、今回の本は小田実著『生きる術としての哲学―小田実最後の講義』(飯田裕康・高草木光一編・2007年・岩波書店)で、報告者は工藤さんでした。 工藤さんの報告は17頁にわたる丁寧なレジュメ(高畠HPに掲載)を読むかたちで行われました。レジュメの内容はこの書の構成(Ⅰ、世界をどう捉えるか Ⅱ、人間のための科学技術 Ⅲ、戦争主義と平和主義 Ⅳ、地方自治と市民の政策 Ⅴ、世界史の中の日韓関係 Ⅵ、市民の経済と文化 Ⅶ 補 )にそった問題提起的な要約から始まり、最後にこの書の疑問点が述べられるというものでした。また、随所に「コラム」というかたちで、工藤さんの私見が掲げられており、報告を聞く者を飽きさせず、また大いに啓発されました。 参加者が一通り本の感想を述べたあと、それらに答えて工藤さんが述べたことは、工藤さんの小 田実の評価、そしてこの本をとりあげた意味をよく示しています。工藤さんはこの本から次のよう な問題を引き出しました。 ① Philosophy in Action という思想に共鳴した。それは、単なる机上の空論ではなく、実際の運動にそった哲学である。 ② 清水谷公園でベ平連の運動をひっぱる小田を遠くからみていた。非武装・非暴力・不服従のそれまでになかった運動として共鳴した。立教大学の自らの運動にも影響を与えた。戦後民主主義のもっともブリリアントな運動の形が彼の中にある。 ③ 高畠との憲法観の違いという視点でも面白かった。高畠は現行日本国憲法の前文を考え直せと言っているのにたいして、小田は前文を実現しようと言っている。ところで、昭和天皇死去の際高畠が朝日新聞に書いた「一身二生と昭和天皇」は高畠の「信仰告白」であり、彼の昭和天皇に対する抗いがたい親和感の表現ではなかったかと思う。 ④ この書の114頁には自衛のための軍隊は容認するというふうに読める記述があるが、自衛隊については、『中流の復興』において、漸次「災害救助隊」に移行していくという考えを述べており、この点に賛同する。 ⑤ 吉川勇一は「小田実の左翼嫌いは有名だった」と言っていた。その時の批判の対象はイデオロギーをふりかざすような「左翼」であった。小田の平易で、実社会に根ざした言葉による思想形成が評価される。 ⑥ 小田の思想の基本には「難死」の思想、「される側」という視点、「虫瞰的」という方法があり、戦後思想史の中でこれらは高く評価される。 ⑦ 小田の歴史観は、くもの糸のように歴史を掘り下げていく丸山や神島の方法とは違い、「丸太棒」をころがすように古今東西の歴史をみていくものであった。日本人には珍しい歴史観ではないか。 以上のような工藤さんの問題提起を受けて、参加者の間で活発な議論が行われました。例えば、 「市民とは何か」という議論では、佐藤さんがユニークな見解を述べました。佐藤さんの整理によると、高畠は「市民になること」(脱皮)を志向し、小田は「職能で解決できないものを解決する」ために集まるのが「市民」で、鶴見は「自分の中を掘り下げていけば必ずとどく内在的なもの」が「市民」があると位置づけ、そのめざす方向は同じでも、それぞれ微妙に違っているということでした。 大学の先生のように講壇でしゃべる小田の姿に、悪い意味でのディレッタンティズムを感じると指摘したのは大森でした。西洋の歴史的事実―ギシリャのデモクラシーなど―を引照基準に日本の政治を批判する姿をみて、幻滅を禁じ得なかったということです。また、この本全体を通じて見られる「言葉信仰(=言葉で社会や人を変えようとする姿勢)」も、彼が運動から学んだものは結局これだったのかという批判が大森から出されました。 その他「良心的兵役拒否」ということでは、ドイツでは実際に兵役に変わる社会貢献が課せられ、そのために日本にボランティアで来ているという青年の話。また、阪神淡路大震災に伴う市民救援基金の議員立法の運動、「法人資本主義」という造語による日本経済分析、「黒いギリシャ」という問題、天皇の戦争責任の問題、べ平連を立ち上げた「同志」であるはずの高畠との関係など、議論は多岐にわたりました。 しかし、いずれにしろ小田実が戦後日本の民主主義の達成という意味で、最高の思想家・運動家の一人であったという点においては、参加者の強い一致があったと思います。 二次会では初参加の林さん、高畑さんもまじえ、工藤さん・佐藤さん・大森の五人であらためて小田の足跡、そして高畠先生との比較を話題にしてもりあがりました。 工藤さんのレジメ>>● |
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第12回読書会変更のお知らせ |
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第12回高畠政治学を読む会の読む本・報告者を下記のように変更いたします.。 *読む本 神島二郎著『政治の世界』(201頁以降) (1977年・朝日新聞社) *報告者 大森美紀彦 1月19日(土)、 場所はいつもの「みらい館大明」で、午後2時から |
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第12回「高畠政治学を読む会」報告(大森) *第12回「高畠政治学を読む会」は新年1月19日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、佐藤さん、廣瀬さん、近藤さん、氏家さん、大森で、今回の本は神島二郎著『政治の世界』(1977年・朝日新聞社)で報告は大森が行いました。 報告はレジュメ(高畠HPに掲載)にしたがって、Ⅰ、問題提起 Ⅱ、大森美紀彦著『神島二郎論』の全体像 Ⅲ、『政治の世界』の論文の内容 Ⅳ、 丸山政治学への「宣戦布告」 Ⅴ、私の「政治元理表」の解釈 Ⅵ、結びにかえて と行われました。 この大森報告のねらいは大きく二つにまとめることができます。現在進めている大森著『神島 二郎論』(この先4~5年で出版できたらと思っています)の構想の検討と、神島の「政治元理表」 がどのように形成されたかということを明らかにすることです。 大森が構想している『神島二郎論』は神島の全生涯を以下のように4期にわけるものです。 第1期(1941年~1946年)「古代研究」から戦争体験を経て、引き上げ。 第2期(1947年~1961年)近代日本を分析する「中範囲モデル」の量産期(その集大成が『近代日本の精神構造』)。 (→『政治の世界』ではⅠ(1958~1963年)に重なる) 第3期(1962年~1973年)『近代日本の精神構造』のモデルの追試、および日本文化の分析モデルの提示期(「政治元理表」の前段階)。 (→『政治の世界』ではⅡ(1965~1968年)及びⅢ(1970~1973)に重なる) 第4期(1974年~1997年)「政治元理表」形成期(政治学のグランドセオリーの開発) (→『政治の世界』ではⅣ(1974~1976年)に重なる) 神島は『近代日本の精神構造』の著者として有名ですが、大森の『神島二郎論』は研究者として後半生をかけて構築した「政治元理表」をむしろ神島の主要業績とするものです。神島が設立した比較日本研究会のメンバーの間ではこうした見方はいわば「常識」ですが、高畠OBOG会の人々や一般の人々の間にはまだ定着していない認識かと思われます。 議論は、主に大森の『神島二郎論』のそうした内容について質問・異論が集中しました。まず批判としては次のようなことがあげられます。①「政治元理表」を「政治学の一般理論」であるとか「グランドセオリー」であると私が表現する点について②「一般理論」などという大きな捉え方に伴う社会科学の緻密性の欠如という問題③これは言わば「内輪話」のような話ですが立教大学法学部では神島はあくまでも日本政治思想史の専門家で、政治学プロパーとしては認められていなかった等々です。 一方、神島著『政治の世界』の原文をあたっての率直な感想も聞けました。それは①神島・高畠相互の影響関係が認められる②神島の日本国憲法論の独自性③日本を出世民主主義という枠組みで分析することの有効性と限界性④帰嚮元理の一定の理解等々です。 大森の『神島二郎論』構想では、参加者から期待の声をいただきうれしかったのですが、①人物論+業績論の二方向からの分析を心がけた方がよい②丸山批判を念頭に置くとその部分で足をすくわれるので、神島独自の理論として論じた方がよい③神島が敗戦後、天皇は死ぬと確信したが、国民一般はどうだったかの比較があった方がよい等の意見をいただきました。 「政治元理表」については、そもそも「原理」と「元理」とはどう違うのか、「よさし」とはどういう意味なのか、「帰嚮元理」に「変革の契機」があるのか、仏教の「本覚思想」との関係はどうなっているのかなど概念に踏み込んだ貴重な議論をしていただきました。 また大森レジュメの「コーヒーブレイク」の中の例えば「マージナルマン」の考え方などについても体験に基づく貴重な意見をいただきました。 当日の参加者からの以上のような質問にたいして、大森から答えられるかぎり答えたつもりですが、わたしの答えに必ずしも満足していただけなかった点もあったように思います。今後一層勉強を深め、納得いく応答をしたいと思っています。 二次会では廣瀬さん・佐藤さん・大森の三人で「憲法9条論」や「刀狩り」の問題、「KY君(空気が読めない君)」論争で盛り上がりました。「若い研究者に『概念』や『理論』にたいする自覚がない」という認識で意見が一致した三酔人は、「概念」や「理論」をめぐって口角泡を飛ばしてきた我々団塊の世代が奮起しなければならない、と意を決して(笑)帰宅の途に着いた次第です。 大森さんの報告レジメ>>● |
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第12回読書会のお知らせ |
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次回(第12回)は来年1月19日(土)、 場所はいつもの ] 報告者は工藤さんで 、テキストは小田実著『生きる術としての哲学』(飯田裕康 |
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第11回「高畠政治学を読む会」報告(大森) *第11回「高畠政治学を読む会」は11月3日(土) |
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第11回読書会のお知らせ |
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11月3日(土)(今回は会場の都合で第三土曜日ではないのでお気をつけください)、場所は同じく「みらい館大明」で、午後2時から行います。報告者は工藤さんで、題材は日本国憲法改定問題の予定です。
地図は みらい館大明のホームページを参照ください。 http://www.toshima.ne.jp/~taimei/ |
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第10回「高畠政治学を読む会」報告(近藤) *第10回「高畠政治学を読む会」は9月15日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、佐藤さん、廣瀬さん、近藤(レポーター)で、二次会には大森さんが加わりオジサン5人の饗宴となりました。テキストはR.N.ベラー著 堀・池田訳『日本近代化と宗教倫理』(未来社 1966)巻末の丸山眞男「ベラー『徳川時代の宗教』について」です。 ベラーのアプローチの特徴は社会システム論などの概念が演繹的に用いられ、徳川時代の思想がそれにあてはめられて説明されるのですが、実感との照合が難しいという疑問が多く表明されました。 報告者は、日本近代化の進行のエートスが所属主義に業績主義が結びつき擬似的な普遍主義に到達したとのベラーの主張が、今日の日本企業に至っても当てはまると考えました。逆説的ですが、今日の日本の企業人が業務達成度では結構優秀な位置にありながら、例えば金融市場において何故アングロ・サクソンと呼ばれる勢力に比べイマイチの存在でしかないのかは、この業績主義ではあるが、所詮所属主義(会社主義)の尺度においてしか評価されない。キャリアに対し普遍主義的な物差しによる評価機会が与えられていないからではないか。また経営者もマーケットにおける会社でなく、会社にとってのマーケットという「特別関係的」(本書の用語)な視野の取り方でしかない。以上が色濃いのではないかと思われます。 さらに、最近の若者世代に見られる、こうした江戸時代から続くパターンとは違うがしかし尚日本的と言われるものがあるとすればそれはどういうものか、この本では見えて来ないとの意見もありました。 また、勿論神島師の「常民」の概念がその先駆的業績であったように、近年無名な人間の生き様を語る歴史書物が見られるとの好ましい傾向があるが、システムの側からではそういうものが見えないのではないかとの感想もありました。確かにシステム論ではそれらは社会の4機能のうち、潜在性(緊張処理)の機能に属するという平板な記述にしかならない。そこには体制・社会システムがア・プリオリに設定され構成員に先んじる実体として見られる発想法がある。これに対して、本書にも名前が登場するように、実存的キリスト教哲学であるティリッヒの(構成員にとっての)「意味充足の様態」を対峙させ、パーソンズ理論のより深い分析を試みた著作もあると、報告者から紹介しました。 しかしそれ自体、いかにも上対下、右対左、社会と実存、といった二分法による議論の感があります。ついでながら歴史の議論では、あれといえばこれ、これといえばあれというようにそれぞれの保存ファイルから出してきて並べても、物象化された知識のゴミ箱にしかならない。それより生き生きとした現象の側にある脈絡を探り、まずその意味から考えることがより知性的と言える。ところで読書会もまた<知の饗宴>であります(joke?)が、モノ知りの披露(ガーベッジ)でなく、思考の交流にその醍醐味がある場でありたいと、日頃報告者は願う次第。今回たまたま二次会でも一般論としてそうした話題が語られ、盛り上がりましたので申し添えておきます。 別の論点として高畠師を偲びつつ、立教大学法学部における政治学教育の特徴は、この本の様なアカデミック論文作成の手ほどきでなく、アマチュア市民としての思考や認識を育成する点にあった。その意味で立大政治学は優れてカルチュアを志向したプロジェクトではなかったかと、報告者は改めて了解したところです(詳しくは添付の当日配布のレジュメを参照にして下さい)。 |
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第10回近藤さんのレジメ>>◎ | ||||
第10回読書会のお知らせ |
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(第10回)は9月15日(土)、同じく「みらい館大明」で、午後2時から行います。報告者は近藤さんで、テキストはR.N.ベラー著『日本近代化と宗教倫理』(1966年・未来社)です。読書会ではこの本の1~2章にしぼってとりあげますが、どの章をとりあげるかは、後日近藤さんからの指示をまって大森から掲示板等を通じ、ご連絡します。 | ||||
第9回「高畠政治学を読む会」報告(大森) *第9回「高畠政治学を読む会」は7月14日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、氏家さん、広瀬さん、佐藤さん、大森の5名です。今回は高畠先生の2論文①「一身二生と昭和天皇」(『朝日新聞』(1989年・1月8日号))、②「戦後民主主義とは何だったか」(岩波書店・『占領と戦後改革・全6巻』のうち第4巻『戦後民主主義』所収「序論」)が対象で、報告は佐藤さんでした。 佐藤さんの報告は、前半が「戦後民主主義とは何だったか」について、後半が「一身二生と昭和天皇」にあてられました。前半の佐藤さんの報告から、佐藤さんが「戦後」及び「戦後民主主義」に一貫して強い問題関心をもっていることをあらためて知ることができました。前半の報告はそれに違わぬもので、加藤典洋、小熊英二、吉本隆明、花田清輝、丸山真男等にも言及し、池田内閣の「所得倍増」という言葉を「戦後最大のコピー」と命名する独自の着眼も交えながらの充実したものでした。佐藤さんは、高畠先生の「政治的民主化」「社会的民主化」「経済的民主化」と三つの側面からの戦後史の整理を高く評価する一方、この論文には「アジアへの視点」が見られないという指摘もされました。この論文に対する、参加者の 議論は、それぞれの「戦後史体験」に基づき、主に「戦後民主主義」は果たして「虚妄」(大熊信行)だったのかという点をめぐって行われました。ヒットした歌謡曲「昭和枯れすすき」の歌をもじって、「貧しさ」ではなく「我々は豊かさに負けた」という広瀬氏のアイロニカルな総括が印象的でした。 後半は、いよいよ「一身二生と昭和天皇」です。佐藤さんがこの朝日新聞の記事を読んだのは、この読書会をはじめてまもなく大森からこのコピーをもらったのが最初だそうです。その印象は「一読して驚き、再読して疑念を発し、再々読して不可解なり」というものだったそうです。佐藤さんに言わせれば、高畠先生の「市民政治学」からすると、世襲制に基づいている点など天皇制は「最大の敵」であるはずであり、「天皇崇拝」のこうした内容の文章を書いた理由がわからないということです。また、佐藤さんは、高畠先生の「天皇は、ポツダム宣言を受け入れて戦争を終結することを決定した。-中略―日本が沖縄やドイツのような住民を巻きこんでの戦場になることを免れ、敗戦後のいちはやい復興を可能にしたという点で 、国民がこの天皇の決断に負うものは大きい。」という記述を特に問題にし、J.ダワー『敗北を抱きしめて』等をてがかりに、史実からそうした歴史観を訂正しようと試みました。その点は不十分におわり、今後に課題を残しましたが、挑発的な問題提起は参加者に伝わり、活発な議論の呼び水になりました。 「天皇制の肯定と、昭和天皇個人に対する評価とは別」「高畠先生は学者として、昭和天皇の生涯をまとめた仕事をしただけであって、違和感はなかった」という広瀬さん以外は、一様にこの文章に対しては「驚き」をもったという感想が発せられました。 工藤さんは「驚愕であった」、後日直接高畠先生に「先生は天皇制に対して寛容なのですね」と問いかけたところ、「そうか」と言って苦い顔をしてそれ以上話されなかったという経験を話してくれました。高畠先生が評価した「聖断」と、昭和天皇が実は立憲政に従う平和主義者であったという指摘、および大日本帝国憲法下の強固な官僚制の中で、天皇が政府や軍部の決定したことを拒否することは事実上できなかったという説明こそが、天皇に戦争責任はなかったとする側の論拠になっているのに、なぜ先生がそれを是認する記事を書いたのか理解できない。ただ、今回この記事を再三読み返してみて、これは学術論文ではなく、先生の天皇および天皇制についての心情を吐露することによって、私たち一人ひとりの中にある天 皇観あるいは天皇制についての姿勢を、それぞれの胸の内で反芻し、再検証してみよ、と問いかけているのではないか、というのが、工藤さんの感想でした。 大森は、この日の朝日新聞掲載の三人の学者―武田清子・高畠通敏・伊藤隆―の文章を比較し、その三者が共通に主張していることを抽出しました。そこには次の三点の共通点があります。それは昭和天皇を①機関説の立場から憲法に忠実であった「立憲主義者」としている点②軍部や二・二六事件には批判的であったとしている点③平和愛好者であったとしている点です。つまり、大森の解釈は、この武田・高畠・伊藤の三人の協力体制によって昭和天皇の戦争責任の議論に一応のピリオドが打たれたのではないか、というものです。高畠先生らの仕事はそういった意味で、戦後史においてたいへんな重大な意味をもつわけです。高畠先生がなぜこうした仕事を引き受けたのかという点については、その場で大森独自の解釈を提出し ましたが、まだ実証が足らず、参加者の賛同は必ずしも得られませんでした。 最後に読書会参加者から発せられた言葉は、発表当時から問題視されていたこの朝日の記事について、他のOB.OGの方々はどのように感じられているのか知りたいということでした。この報告を読んで、もし思うところがあれば、どうか大森・佐藤さんにご意見をおよせください。また、掲示板等を使って感想を述べていただいてもけっこうです。 終わっての飲み会では、ひきつづき「戦後史」「戦後民主主義」「天皇制」という三つのテーマで議論が継続しました。「天皇制」ということでは、近代天皇制だけではなく、江戸以前の天皇のあり方も考究する必要があるという話にもなりました。例えば、水戸学ではどのように天皇がとらえられていたか等々です。 |
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第9回佐藤さんのレジメ>>◎ | ||||
第9回読書会のお知らせ |
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(第9回)は7月14日(土)、同じく「みらい館大明」で、 午後2時から行います。報告者は佐藤さんで、テキストは以下の2論文です。 ①高畠通敏著「一身二生と昭和天皇」(『朝日新聞』(1989年・1月8日号)) ②高畠通敏著「戦後民主主義とは何だったか」(岩波書店・『占領と戦後改革・全6巻』のうち第4巻『戦後民主主義』所収「序論」) (双方入手が困難な方は、佐藤さんか大森にご一報ください、郵送いたします)。 前者の朝日新聞記事は発表当時、我々教え子の間でも物議をかもした論文です。高畠先生の真意は果たしてどこにあったのか。活発な議論が予想されます。ふるってご参加ください。 |
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第8回「高畠政治学を読む会」報告(大森) *第8回「高畠政治学を読む会」は5月19日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、広瀬さん、佐藤さん、大森の4名です。今回の本は中山元『フーコー入門』(1996年・筑摩書房)で、報告は廣瀬さんでした。 廣瀬さんの報告は本の要約・自らの68・9年闘争の経験・そしてそれらに対する自らの見解、さらに本の内容に関わる具体的な事例をバランスよく配し、発表も聞きやすいものでした(添付文書参照)。また、我々「政治」を中心にやっている者にとって、こうした「純粋」な哲学書を読む機会は意外に少なく貴重な機会に得たという声が多くあがりました。広瀬さんの報告の結びは「真理の複数性を承認し真理を競うゲーム」の重要性を指摘し、そうしたことを行う具体的な空間として 本読書会を位置付けようというものでした。 議論はまず「フーコーの方法論―系譜学」から始まり、「狂人(―異常と正常)の扱い方の歴史的変遷」「監獄の誕生過程」「司牧者権力とは」「生―権力の意味」「高畠政治学―日常の思想―との関わり」「フーコーへのハーバーマスからの視点」等をめぐって活発に行われました。現代的な問題とフーコーの議論との関わりついては、「監視社会」化(歌舞伎町の監視カメラに典型的に見られるさまざまな現代的監視・管理)を中心に行われました。 最後に(アメリカン)グローバルスタンダードによる「日本支配」に抗して、「真理を競うゲーム」がどう変革につながるのかという難問に突き当りました。それに対する結論は出せませんでしたが、少なくともこの読書会を続け ることを通じてとにかく模索していこうという点では一致したようです。 終わっての「飲み会」には近藤順茂さんも加わり、自らのフーコーやメルロ・ポンティ、エーリッヒ・フロム等の読書体験を話してくれ、それを肴にまた大いに盛り上がりました。 |
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広瀬さんの報告>>○ | ||||
第8回読書会のお知らせ |
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◎5月19日(土)P.M.2:00から行います。 ◎場所はいつもの「みらい館大明」です。報告者は廣瀬知衛さんで、 ◎読む本は中山元著『フーコー入門』(1996・筑摩新書)の第4章以降(123頁~)です。 |
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第7回「高畠政治学を読む会」報告(大森) 第7回「高畠政治学を読む会」は3月17日(土)、蒲田の東京工科大学大学院ゼミ室で行われました。出席者は近藤さん、氏家さん、広瀬さん、佐藤さん、大森の5名で、工藤さんは参加はされませんでしたが、事前に今回の本の感想をメールで寄せてくださり、それを大森が読み上げました。今回は前回同様近藤順茂さんがリポーターとなり、丸山眞男の「政治学1960第二講・第三講」(『丸山眞男講義録』第三巻・岩波書店)をまとめて報告してくださいました。 前回の報告の時は、近藤さんは内容を丁寧に要約してくださいましたが、今回は分量もあったこともあり、丸山政治学から引き出される問題点に絞った形のリポートになりました。あげられた主な問題は①ローウェルの政治的態度の図式について②マスから制度や組識が形成されるという問題③ラスウェルの政治的アパシーの問題④ボランタリーアソシイションの問題⑤リーダーシップ論等々でした。 近藤さんは丸山の論じていることを、自分のとりまく状況・歴史、会社や組識のあり方、市民政治研究会と高畠OGOB会の問題等身近な具体的なことことひきつけて論じてくれ、活発な議論の呼び水になるような報告をしてくださいました。大森が後半に放った「丸山のこの講義はアメリカ政治学の輸入」という発言は他の参加者の「闘争心」を大いに刺激したようで、後半は主にこの問題が論じられ、大森は例によって神島政治学を紹介して応戦しました。そこでは、「近代となにか」「学問の有効性とは何か」「理論の普遍性とは何か」等の議論が激しく行われ、神島・尾形・高畠各先生にとっての「戦争体験」等についても議論が広がりました。 工科大学そばの居酒屋に場所を移しての二次会においても、活発な議論は止むことはありませんでした。ここでは都知事選や高畠OBOG会掲示板のあり方等にも話が及びました。帰り道は季節はずれの寒風にされされましたが、皆のハートは熱く燃えて、寒さなどものともせずに帰宅していったようです。 次回は5月19日(土)P.M.2:00から行います。場所はいつもの「みらい館大明」です。報告者は廣瀬知衛さんで、読む本は中山元著『フーコー入門』(1996・筑摩新書)の第4章以降(123頁~)です。高畠読書会ももう8回を数えます。参加メンバーがだいぶ決まってしまって、途中から参入しずらいなどと感じていらっしゃる方もいるかと思いますが、どうかお気軽に顔を出してくださいますようお待ちしております。 |
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近藤さんの報告>>● | ||||
第7回読書会のお知らせ |
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3月17日(土)P.M.2:00から行います。 場所はいつもの「みらい館大明」があいていなかったため、近藤さんの勤務する東京工科大学の研究室を提供していただけることになりました。報告者は引き続き近藤さんで、「政治学1960」「第二講」「第三講」(『丸山眞男講義録第三冊』・東大出版・1998年・37~136頁)をまとめて報告して下さるそうです。 *尚東京工科大学は京浜東北線蒲田駅西口徒歩3~4分で、大学院アントレプレナー専攻の受付けで「近藤さん」の名前を告げればわかるようにしておいて下さるそうです。当日迷ったら下記番号にお電話ください。 *蒲田駅西口前の大通りを右直進、りそな銀行右隣の日本工学院の敷地内、広場・噴水奥の2階建て、白・黒のビルです。 ↓ 144-8535 東京都大田区西蒲田5-22-11 東京工科大学大学院アントレプレナー専攻 03―3732―5111 |
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第6回「高畠政治学を読む会」報告(大森) 第6回「高畠政治学を読む会」は1月27日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、氏家さん、広瀬さん、佐藤さん、山梨さん、近藤さん、大森の7名で、今までの最高の参加者になりました。今回は近藤順茂さんが丸山眞男の「政治学1960第一講」(『丸山眞男講義録』第三巻・岩波書店)を報告してくださいました。 第1講は「政治的リアリズム」について論じたところです。近藤さんは「1政治的リアリズムと状況認識」「2状況認識におけるリアリズム」「3リアルな状況認識を可能にするもの」「4決断・理念・「悪」」と4項目にわたる第1講をそれぞれ丁寧に要約し、(A)ここでの政治とは(B)政治的思考を説く目的は(C)(丸山の問題提起は)果たして勝利ノウハウになりうるものだっただろうか(D)ここでの政治的リアリズムは現在でも有効か(E)現在求められる社会科学的知性とは、といった問題を提起してくれました(別紙レジュメ参照)。 当日の参加者の議論は主に、丸山の言う「政治的リアリズム」―認識方法や処方箋が現在においても有効かという点について行われましたが、「そもそも丸山政治学とは何だったのか」といった大きな問題にも発展し、やや論点がぼけてしまったきらいもありました。次回、引き続き第2講・3講を読むことになりましたが、拡散した議論がヨリ絞られて行われることが期待されます。 二次会においても、いつもながら活発なバトルが展開されました。毎度のことながら高畠政治学をめぐっての「激論」が行われましたが、現在世相をにぎわせている「不二家問題」「東国原宮崎県知事」「都知事選」問題等についても議論が行われ、たのしい一時になりました。 |
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近藤さんの報告>>PDFファイル◎ | ||||
第6回読書会変更のお知らせ |
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1月27日(土)14:00~ 「みらい館大明」 丸山眞男著 「政治学第1講:政治的思考の諸特質」 (『丸山眞男講義録』第3冊所収) 報告:近藤順茂氏 ○みらい館大明 http://www.toshima.ne.jp/~taimei/ |
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第6回読書会のお知らせ |
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1月20日(土)同じく「みらい館大明」で、2時から行います。報告者は近藤順茂さんで、報告論文は『丸山眞男講義録第六冊』第二章の「キリシタンの活動と思想」(東大出版・2000年・49~130頁)です。ふるってご参加ください。 | ||||
第5回「高畠政治学を読む会」報告(大森) 第5回「高畠政治学を読む会」は11月18日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、氏家さん、広瀬さん、佐藤さん、大森の5名で、前回よりもかなり盛会(笑い)になりました。今回は斉藤貴男の『改憲潮流』(岩波新書)で、報告は大森が担当しました。 大森のレジュメは本書の要約と「現代ファシズム阻止のための一考察(未完)」という小論の二部構成でした。前半の要約では、斉藤が問題にしている現憲法「前文」「9条」「20条」「76条」「96条」に対する自民党案を比較して整理しました。そして、改憲勢力のさまざまな活動をレポートした斉藤の文章に付け加え、大森が最近行った「郵便番号と名前だけでハガキはつくか」という実験結果や、大森の地元で行われたイラク派遣自衛隊員の「帰朝報告」、石原都政の管理教育の体験等を報告しました。 後半「現代ファシズム阻止のための一考察(未完)」ではまず「ファシズムは法改正とともに(合法的に)やってくる」という大森のファシズム認識を提示しました。そして、政治学の根幹にかかわる次のような問題も提起しました。つまり、「法は、その背後にウルティマラティオ=物理的強制力があるから効力をもつ」のか、そうではなくて「物理的強制力は、法の裏付けがあって初めて使うことができるのか」という2つの見方のどちらが正しいかという問題です。大森は後者―「物理的強制力は法の裏付けがないと使えない」という立場ですが、この点をめぐってさまざまな質疑が行われました。例えば「物理的強制力が法の裏付けがないと使えないのなら、革命やクーデタはどう考えたら良いのだろうか」等々です。 もちろん、そうした政治学の根幹に関わる問題とともに、斉藤のテーマに沿った「超監視社会化」や「有事法制の整備」「憲法・教育基本法改正」等の問題も話しあわれました。この点についても、参加者の職場や、市民運動に係わった体験等に基づく活発な議論ができたと思います。最後に大森によって「一生涯一訴訟主義」の運動が提案され、読書会は閉じられました。 二次会においても、いつもながら活発なバトルが展開されましたが、「ファシズムの阻止には、高畠読書会のような議論空間を社会の様々な場で作っていくことが一番大切だ」という廣瀬氏の発言がもっとも印象に残りました。 * 次回は来年1月20日(土)同じく「みらい館大明」で、2時から行います。報告者は近藤順茂さんで、報告論文は『丸山眞男講義録第六冊』第二章の「キリシタンの活動と思想」(東大出版・2000年・49~130頁)です。ふるってご参加ください。 |
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大森さんの報告>>PDFファイル◎ | ||||
第5回読書会のお知らせ |
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11月18日(土) 「みらい館大明」で、2時から行います。報告者は大森で、本は斉藤貴男著『ルポ改憲潮流』(岩波新書・2006年)です。現在進行中のファシズムへの地固め=法整備について報告する予定です。ふるってご参加ください。 | ||||
第4回「高畠政治学を読む会」報告(大森) 第4回「高畠政治学を読む会」は9月16日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は広瀬さん、佐藤さん、大森の3名でした。今回はいよいいよ本読書会の名称にかかわる高畠先生の論文に直接あたるということで、多くの方の参加を期待していました。ところが蓋をあけてみると、今までの最低の参加人数でした。私(大森)は神島先生の弟子(自称かもしれませんが)であり、高畠先生は二番目の先生でしたので、高畠先生に私以上に身近で教えをうけた方々なら、高畠先生の代表的著作である「日常の思想とは何か」に特別の思いがあり、この会でそうした方々のこの論文に対する思いをいろいろとお聞きできると期待していただけにこの日の参加人数は本当にショックでした。OB/OG会が「立教××クラブ同窓会」のような「懐旧団体」にならないためには、先生の残した著作から学び続けることは不可欠だと私は思います。 また、当日の広瀬氏の報告も私にとってショックでした。読書会で皆で同じ本を読むということは、まずその著者がいわんとしていることをお互いに確認しあうことが出発点であり、それから自分の解釈や批判を加えるのが順序だと思います。ところが、広瀬氏は前段階の「著者のいわんとしていること」そしてこの論文が書かれた時代背景、その後この論文が世の中に与えた影響などお構いなく、自分の思いのみをほとばしらせる報告を始めました。私の最初の発言は、そうした広瀬氏の「暴走」を食い止めることにならざるを得ませんでした。その結果当日は、まず「そもそも読書会とはなんぞや」というところから議論を始めざるをえなくなってしまったのです。下に添付した広瀬氏のレジュメをみれば、そうした当日の雰囲気を理解していただけると思います。ただ、今回の読書会はそうした遠回りがあったとはいえ、結果的には充実した有意義なものになりました。結果的には広瀬氏の戦略に乗せられたのか、我々は「喉が枯れるほど」の議論を行うはめになったからです。テーマは日常性という言葉の定義からはじまり、当時の学生運動のあり方、高畠先生の学者としての姿勢、そして社会人になってどのように我々はこの論文を実生活に生かしてきたか等々です。白熱した議論は二次会まで続き、トータルで延々6時間口角泡を飛ばして高畠政治学を論じました。 草葉の陰で、高畠先生は我々の激論を評価してくださっているでしょうか、それとももうそれ以上私の著作を誤読しないでくれと呆れているでしょうか。それはともかく、高畠政治学の継承とはこうしたささやかな議論空間をいつまでも継続させていくことのような気がします。そしてそれが本日の「日常性」の意味にもかかわるのではないでしょうか。 |
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広瀬さんの報告>>pdfファイル〇 | ||||
第4回読書会のお知らせ |
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9月16日(土)「みらい館大明」 2時より 報告者は広瀬さん 本(論文)は高畠通敏著「日常の思想とは何か」(『政治の発見』(岩波書店・1997年)所収) いよいよ読書会の名称にかかわる高畠先生の論文に直接のぞみます。ふるってご参加ください。 ○みらい館大明 http://www.toshima.ne.jp/~taimei/ |
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第3回「高畠政治学を読む会」報告(大森) 第3回「高畠政治学を読む会」は7月15日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、広瀬さん、山梨さん、佐藤さん、大森の5名です。議論は鶴見さんの「日本は現在が一番悪いです」(22頁)、「アメリカをバックにしたファシズム」(31頁)、「デモクラシーを通ってファシズムが来る」(32頁)等の発言をめぐって行われ、参加者は個人の体験に基づき、現在の政治状況に対する認識を寄せ合い検証し、「現代」という時代に対して共有できる認識をめざす良い議論が出来たと思います。また、二次会では先日行われた鶴見さんの講演の演題「苦い知性」について「激論」となり、これまた充実した楽しい飲み会になりました。私たちがこの読書会を「楽しんでいる」ことをこの報告の場を借りて皆に伝えたいと思います。 山梨さん報告>>pdf ○ |
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第3回読書会 |
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7月15日(土)同じく「みらい館大明」で、2時から行います。報告は山梨さんで、 本は瀬戸内寂聴・鶴見俊輔著『千年の京から「憲法九条」―私たちの生きてきた時代』(かもがわ出版・2005年・1400円)です。ふるってご参加ください。 地図は みらい館大明のホームページを参照ください。 http://www.toshima.ne.jp/~taimei/ |
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第2回「高畠政治学を読む会」報告(大森) *第2回「高畠政治学を読む会」は5月20日(土)「みらい館大明」で行われました。出席者は工藤さん、近藤さん、広瀬さん、佐藤さん、大森の5名です。 以下は報告者の佐藤さんからのメッセージです。↓ *新しく工藤・近藤2名が参加して、議論は四方八方に飛びまとまりに欠けた感じはしますが楽しく有益な会でした。つまり、共通の題材を読みながらも、題材に縛られることなく参加者各自の経験や思いを忌憚なく話題に出して話会うことで親交深いものになりました。 しかし他方では、もう少し題材に則して知的に論ずることも大切だと考えています。 いづれにせよ、息の長い射程で年齢層も広げるようにしながら続けたいと思っています。 *今回は新しく工藤敬吉・近藤順茂氏2名が参加して、ますます議論・論談が盛上がりました。高畠先生は「政治学は頭の柔軟体操だ」という名言を言いました。多くのOB・OGも仕事で疲れた頭を癒すつもりで参加してください(ただし、選定図書は読んで来ることが条件です)。(佐藤) *次回は7月15日(土)同じく「みらい館大明」で、2時から行います。報告は山梨さんで、本は瀬戸内寂聴・鶴見俊輔著『千年の京から「憲法九条」―私たちの生きてきた時代』(かもがわ出版・2005年・1400円)です。ふるってご参加ください。 地図は みらい館大明のホームページを参照ください。 http://www.toshima.ne.jp/~taimei/ 第2回読書会報告全文>>◎pdfファイル |
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第1回「高畠政治学を読む会」報告(文責 大森) *第一回「高畠政治学を読む会」は小雨の中、「みらい館大明」で行われました。当日は 、吉羽さん、愛場さん、広瀬さん、山梨さん、佐藤さん、そして報告者の大森が参加し、弁護士というお仕事を通じての経験談や、住民運動の経験談も交えながら、活発な議論を行うことができました。*尚、今後の活動について、以下のようにしていきたいと思います。ご意見をお寄せ下されば幸いです。 ① 会の名称を「高畠政治学を読む会」としました。…「高畠先生の著書を読む会」ですと、高畠先生の本にしばられてしまいますが、「高畠政治学を読む会」とすれば、高畠先生御自身が問題にしたことをテーマにした本、高畠政治学に影響を与えた思想家や本、逆に高畠先生が影響を与えた人やその本等も対象になり、広く扱えると思ったからです。 ② 次回は5月20日(土)同じく「みらい館大明」で、1時半から行います。報告は佐藤さんで、本は加藤典洋著『敗戦後論』(単行本は講談社・最近筑摩書房から文庫で出ています)です。今後は原則として奇数月の第3土曜日ということにしていきたいと思います。 *当日大森が配ったレジュメです(会終了後、公表用に一部訂正・加筆しました)。>>◎pdfファイル |
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一緒に読書会をやりませんか 2006年2月18日 高畠ゼミOB/OG会 企画担当 大森美紀彦 高畠ゼミOB/OGの皆様―― 本日の年次幹事会で、「読書会をやろう!」という声があがり、それを受けて企画担当として、下記のように第一回の読書会を企画しました。 大森個人的には高畠先生の著書を中心にした読書会にしたいのですが、いろいろとご意見があろうかと思います。そうしたご意見は今後調整していくことにして、とりあえず下記の要領で出発してみたいと思います。 高畠ゼミOB/OG会ならではの、世代を超え、男女を超えた横断的・縦断的読書会になるではと、今から楽しみにしています。多数の方の参加を期待しています。どうぞお気軽にお出掛け下さい。*と き 2006年3月18日(土) P.M.13:30~16:30 *場 所 みらい館大明 工作室 豊島区池袋3―30―8 (℡ 03―3986―7186) *今回読む本 鶴見俊輔他編『丸山眞男 自由について 7つの問答』 (2005年・編集グループSURE) (送料とも2730円) → この出版社は直販です。℡ 075―761―2391に (この出版社は注文に対して迅速に対応してくれます。 なるべく、本を準備して御参加ください) 。 *報告者 大森 美紀彦 当日の発表方法について、報告者の大森さんから『自由についてー7つの問答』のうち第二部「私があなたと考えを異にする自由」(109頁以降)にしぼって報告したいという申し出がありました。 参加者は、第二部を中心に準備をしてきてください。*会 費 会場費4000円を当日参加者で頭割りにします。 (議論はたぶん飲み会までもつれるのではないでしょうか?) 地図は みらい館大明のホームページを参照ください。 http://www.toshima.ne.jp/~taimei/ |
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